3カ国目の留学先は、サッカークラブだった

プロフィール

セブ、オーストラリア留学。次の留学先はドイツ、サッカーの現場だった。

この記事でわかること

– 3カ国の留学を通じて、自分のやりたいことがどう見つかっていったのか

– なぜドイツで、思いがけずサッカーの現場に立つことになったのか

留学は、英語力を伸ばすためだけの時間ではありませんでした。振り返ってみると、それは自分の人生と向き合う機会であり、その先で、自分が本当にやりたいことが見つかりました。この記事では、その3年間の流れを紹介します。

きっかけ ― なんとなく始まった、最初の一歩

きっかけは、大学3年生の頃でした。周りの友人が次々と留学に行き、SNSで海外生活を発信したり、ネイティブと英語をそつなく話している姿を見て、単純に「かっこいい」と思ったのが正直なところです。まだこの頃は、自分が本当にやりたいことが何かなんて、深く考えていませんでした。

まずは英語の基礎を作ろうと、2020年3月、大学の学期末にフィリピン・セブ島へ渡りました。
3ヶ月間の予定でしたが、渡航から2ヶ月ほどでコロナ禍が本格化し、現地の厳しい外出規制の
影響で、2020年6月、当初の予定より早く帰国することになります。

英語力を測る模擬試験のスコアは230点から400点まで伸びましたが、この時点では、まだ「やりたいこと」は見えていませんでした。

転機 ― 「一度きりの人生だから」という言葉

セブから帰国後、大学に復学し、就職活動を経て2022年4月に新卒で社会人になりました。しかし、働き始めてすぐに、将来の自分の姿がどうしても想像できないことに気づきます。楽しさを感じられないまま働き続けることに、正直かなり悩みました。そうして3ヶ月で、退職を決意しました。

このとき、進路に迷っていた自分の背中を押してくれたのが、セブ留学時代に出会った友人、地元の仲の良い友達、そして親でした。それぞれに相談する中で、みんな口をそろえて言ってくれたのが「一度きりの人生なんだから、やりたいことをやれ」という言葉でした。

一人からではなく、大切な人たちから同じ言葉が重なって返ってきたことで、迷いは少しずつ確信に変わっていきました。この言葉が、退職とオーストラリア留学という決断の、大きな後押しになります。

探す時間 ― オーストラリアで、自分と向き合う

退職後、元のアルバイト先で約1年間資金を貯め、2023年5月、ワーキングホリデービザでオーストラリアへ渡りました。

このとき初めて、自分の人生観と正面から向き合いました。慣れない環境で一人の時間が増えたこともあり、これまで深く考えてこなかった「自分はどう生きたいのか」を、じっくり考えるようになったのです。一度きりの人生を最高にしたい。常に、生きていることを幸せだと感じられる人生にしたい。そのために、世界中に友人を作りたい。そして、自分の才能に合った、やりがいを感じられる仕事をしたい。そう思うようになりました。

そのために、3つのことを自分に課しました。現地の価値観に触れて視野を広げること。英語力を伸ばすこと。そして、思いつく限り「やりたいこと」に挑戦することです。語学学校に通いながら、日本食レストランやファームジョブで働き、興味を持ったことには手当たり次第に挑戦しようとしました。

英語力はTOEIC695点まで伸びましたが、目標の800点には届きませんでした。ワーキングホリデーではファームジョブで88日間の条件をクリアし、セカンドイヤーとしてもう1年滞在する資格も得ていました。それでも、このままここにいて得られるものは英語力くらいしか浮かばないと感じ、1年2ヶ月で帰国することを自分で決めました。

正直、迷いはありました。でも、なんとなく居続けるより、自分で納得して次に進みたいという気持ちの方が強かったです。この時点でもまだ、「やりたいこと」は見つかっていませんでした。

見つかった瞬間 ― 3カ国目、ドイツで

オーストラリアから帰国した後も、「まだ海外で挑戦したい」という気持ちは消えませんでした。9ヶ月ほど、以前から興味のあったバリスタの仕事をしながら、この先どうしていきたいか考え続ける日々を過ごしました。

あるとき、適職診断のようなもので「カメラマン」という職業が出てきました。人を笑顔にできる、明るい雰囲気の中で働ける仕事という点に惹かれ、そこに、昔からずっと好きで見続けてきたサッカーを掛け合わせたら、と思いついたのが「サッカーカメラマン」でした。

どうせ挑戦するなら、日本より海外の方が面白い環境に飛び込めるのではと思いました。海外を絡めて挑戦したい、そのためには人脈と実績が必要だと考え、「サッカー 海外インターン」と検索したところ見つかったのが、岡崎慎司さんが関わるドイツのクラブ、FCバサラマインツでした。まさか本当に見つかるとは思っていなかったので、募集要項を見つけた時は正直驚きました。広報インターンに応募し、採用が決まったと聞いた時は、ようやく探し続けていたものに手が届いた感覚がありました。準備をし尽くしてから挑んだわけではなく、動き続けていたからこそ、たどり着けたチャンスだったと思います。

見つけたもの

クラブでは、SNSを中心とした広報・PR業務を担当しました。コンテンツの企画、写真・動画の撮影、選手やクラブへの問い合わせ対応など、業務は多岐にわたりました。

インターンの中で、ドイツの第一線であるブンデスリーガの試合で写真を撮る機会にも恵まれました。もともと目指していた「サッカーカメラマン」に、少し近づけた瞬間でした。それでも、そこで収入と呼べるものはほとんど発生しませんでした。現地で知り合ったプロのカメラマンに話を聞いても、返ってくるのは「サッカーカメラマン一本で食べていくのは厳しい」という、現実的な言葉ばかりでした。

現場に立って初めて分かった現実でした。そこで、カメラだけでなく、企画から発信までを含めた「コンテンツ制作」全体を仕事にしたいと思うようになりました。

セブでは、まだ何も見えていませんでした。オーストラリアでは、たくさん動いても、答えは出ませんでした。それでもこの3年間、立ち止まらずに動き続けたからこそ、ドイツで思いがけない形で、自分のやりたいことに出会えたのだと思います。

まとめ

留学は、単に語学力を伸ばすだけの時間ではなく、自分の人生や時間と向き合い、やりたいことを見つけていくプロセスでした。それぞれの国での経験は、以下の記事でより詳しく紹介していきます。

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